読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

雑種犬肉球日記

雑種犬が書いたブログ。

旧き神去りてのち我等V8を称揚す

それは、観るものによってさまざまに姿を変え意味を変える物語。

血湧き肉躍る冒険の物語であり、自由を求めて立ち上がり歩き出す決断の物語でもあり、諦念と絶望から這い上がる再生の物語であり、世代を越えて志を受け継ぐ絆の物語でもある。成長の物語であり、純愛の物語でもある。

苛烈な環境。そこに生きる運命は酷薄。それでも人は生きているし、これからも生きてゆく。そんな世界をさまよう「死にぞこなった」男の旅路。

今日ここで語るのは「マッドマックス 怒りのデス・ロード」。

 

と、ちょいと重厚にソレっぽく始めましたけど、ここからはいつも通りにダラダラ行きますのであんしんです。

まずね、どこから始めましょうかね。

もうストーリーとかイイですよね。だって、この映画観てない奴なんていないでしょ。ねえ?

それでも「実は観てない」という方のためにご紹介するとですね。

 

「行って帰ってくる」。

 

これしか言えない。

説明になってないとか、おっしゃらないでください。主人公たちの行動を単純に説明すればこうなるし、詳細を語るとどこまでも細密に語らずにいられなくなってしまうんです。

はあ。もう少し、未見の方にも解るように、ですか。しかたない。いきますよ。

大まかにはこうです。核戦争で環境が破壊された未来。地下水源を抱えるおかげで豊かに暮らす砦の主人、イモータン・ジョーの独裁から逃れようと、砦の女戦士・フュリオサとジョーの美しい妻たちが、物資の補給を利用して脱走を試みます。それを知ったジョーは怒り心頭、手下の大軍勢を率いて、妻たちの奪還と反逆者フュリオサの処刑のために追跡を開始。その軍団の中に、放浪の旅路で捕まったマックスを、放射能汚染で弱った体へ輸血するために同行させた「ウォーボーイズ」と呼ばれる少年兵のひとり・ニュークスがいました…。

ね?

序盤のここだけでもう燃えるでしょ? 続けますよ。

追跡の途中、砂嵐にあったニュークスとマックス。マックスはフュリオサの乗るトレーラーに同乗します。出会い頭には半ば脅すように始まりついには格闘に及んだやり取りの最中、追っ手の影が地平線の向こうにあらわれます。更にフュリオサのひと言が、自暴自棄かつ場当たり的に行動していたマックスの背中を押すのです。

「一生その顔でいいの?」

砦ではめられた枷を内心うっとうしく思っていたマックスの、もう自分でも何をしたいのかすら解らなくなっていた心に、このひと言が種火を生んだのです。

フュリオサの言葉は、マックスだけでなく、スクリーンのこちら側の観客にも大きなちからを与えました。私もこのひと言がきっかけで転職の決心がついたし。

それはさておいて。

ひたすらにトレーラーを走らせるフュリオサには、目指す土地がありました。

自身の故郷、盗賊に連れ去られるまでの幼い日を過ごした「緑の地」。

夜の不気味な沼地で追っ手に捕らえられかけたものの、マックスが独り戻って撃退。このシーン、濃霧が凄くて視界が悪く、ただ爆発やマズルフラッシュの明かりだけがポッ、ポッ、とつくだけ。すぐにマックスが戻ってきて、おそらくは飲料としてタンクに積まれていた母乳で返り血をすすぐのです。この辺りから、万事投げやり気味だったマックスに、徐々に人間味が還ってくるのです。

追いついてきたジョーを振り払い、ジョーの眼の前でしくじって戻れなくなったニュークスが道行きに加わり、翌朝。一行は無事にフュリオサの故郷に到着しますが、出迎えたのはわずか数名のおばさんやお婆さんばかり、どこにも緑など見当たりません。フュリオサが連れ去られたのち環境が汚染され、緑はすっかり枯れていたのです。無残な現実に打ちひしがれるフュリオサ…。それでも彼女は、朝日とともに新たな希望にすがり、干上がった湖を渡ろうと決めました。髪一筋の儚さでも、希望を持って生き抜くことを選んだのです。

「希望にすがってそれが潰えてしまったら、あとに残るのは狂気だけだぞ」

マックスはそう言って、独り別の道を行こうとします。

あとに残るのは狂気。それは、彼自身の経験から出た言葉でした。

警察官として、夫として、父親として。妻と娘、市民の生活を守っていた彼は、愛する妻子をならず者に殺され、それ以来自責の念と罪悪感だけをなめながら生きていた男でした。すべてにどこか投げやりだったのは、生きていたいと思えなくなっていたから。それでも死にたいとは思えず、更にそんな風に生き意地汚く生にしがみつく自分に愛想が尽きていたから。時折ふいに幻視としてあらわれる妻や娘は、だからいつでもマックスを責めるのでした。守ってくれるって言ったのに。

でも、その朝あらわれた娘は違っていたのです。

干からびた湖底に立って、フュリオサたちの走り去った方を指しながら呼びかけます。

パパ、行くよ。

はい私ココで泣けました。

だって、ずっと自分を否定し罪悪感を膨らますものばかりだった娘の言葉が、初めて前を向くように促すものに変わったのですよ。おそらくはマックス自身が思っていることを、無意識のうちに幻の妻子に言わせていたであろう言葉です。それが、こんな風に変われた。

成り行きとはいえ、人を助け、人と共に旅をする中で、自分にもまだできることがあるのだと気づけたのです。

マックスは大急ぎでフュリオサに追いつくと、自分で描いた地図を見せて言います。

「緑ならここにある」

マックスが指したのは、逃げ出した砦でした。

ジョーの軍団はすべて、自分たちを追いかけるために外へ出ている。それを振り払い先に戻って閉め出してしまえば、水もある、食料もある砦ならば生きてゆくのに不自由はない。

湖の向こうへ行っても、何があるのか、何もないのかすら解らない。

追っ手のど真ん中を突っ切り駆け抜ければ、激しい戦いになるけれど水と緑が待っている。

どちらに行っても苛酷ならば、確実な希望がある方にかける。

フュリオサは決断します。そして一行は、一縷の望みに命を託す道を、文字通り爆走するのです。

その闘争のゆくえは…。

DVDでもネット配信でも構いません。どうぞあなたの眼で、彼らの闘いを、たどる運命を、確かめてください。

 

終盤の大バトルのさなか、ばあちゃんが大事に持っていたカバンが、まさに「志を継ぐ」という描写を担う重要なモチーフとなります。そして何より切なくも感動するのが、序盤に「ただ死ぬために死ぬ」ような無邪気な子供兵だったニュークスが、旅の日々で恋をして、生きること死ぬことを感じ考えるようになり、男の子として愛する女の子を守るために、ひとりの人間として、ちゃんと尊厳を獲得して死ぬところです。

そして、忘れちゃいけない。マックスは劇中、終盤のあるシーンまで一切名乗りません。その、自分の名を明かす動機がね、また泣けるんですよ。なぜ名乗らずにいたのか。その彼が自分の名を明かす理由はなんなのか。

ただ死なずにいるだけのために生きて、守りたいものを守りきれなかった無力感を持て余していたが故に、名前すら捨てていた男が、もう一度、人間として名前を持ち生きようと思うようになった、その理由です。

私なりの答えはありますが、これは、やっぱり観る人の数だけ、その答えがあるのだと思います。

どうぞ、一度ご覧になって、あなたの答えを見つけてみてください。

 

しまった。

映画本編をitunesで観ながら書いてたら、すさまじき文字数になっておりますがな。

でもまだ語りきれないんだよなあ。

なにせこの映画、構造はシンプルなくせに、どこをどう切っても、誰に重点を置いて注目しても、ちゃんと一人ひとりに「そう行動するだけの理由」があって、色々な観かたができるすごい映画だからなあ。

ホントにジョージ・ミラーって88なんですか。30代と言われてもうっかり信じちゃいそうなポテンシャルですよ。コワイ!

とにかく、押井映画と同じで、何度見ても発見があるし、色々なことを考える材料にもなる作品です。

ウォーボーイズがスケキヨみたいでちょっとなんておっしゃらず、とにかく観てください。お願い。

ケイパブルちゃんとニュークスくんがかわいらしい純愛カップルですから。

一人でも多くファンが増えることを祈って、V8!V8‼︎