休みでございました。
ゆうべは古畑任三郎の沢口靖子ゲスト回を観て、気がつけば2時半。そこで寝て起きてみれば、ほぼほぼいつも通りの時間に起きていて、これはまずいともう少し寝てみたところが9時前。
10時半前にうちを出て先に呼吸器科、そのまま接骨院、さらに郵便局に行ってみたところが、持って行った印鑑が違うというので一度引き返し、すぐに戻って定額預金の満期になってたものを全部まとめて一旦引き出して、その場であらためて定額組んできたった。
ちょうど昼時だからクッッソ暑いんだけどね。休憩してから出直すとか言ってると絶対に嫌になるので。
大した金額じゃあないが、お前と次に会うのは10年後だ。
キリのいい金額で預けて、残った分は遠征用の口座と生命保険の口座とで振り分けて、何千円残ったので、まず薬局で薬出してもらってから、本屋に寄ってきました。

「ああ、あれを受け取ってきたんだね。そうだね、早いに越したことはないよね」
歌仙さん結構楽しみにしてたものねえ。
ということで、これだ。

初版だああああああああああああああああああああ!
やったあああああああああああああああああああああ!
見て。金色なの。金。
別に「どうだ明るくなつたらう」をやるのが好きな成金だとか、金張り装甲のメカをデザインしてる永野護のファンだからとかで喜んでるわけじゃないぞ。そりゃあ永野護は世界最高峰のメカデザイナーだが、だからってそれだから喜んでるのとは別だぞ。この小説は金が結構なウェイトを占めてるんだ。読めばわかる。
本屋で受け取りのときに、レジのニイちゃんが「文庫出版決定の時点で入手困難だそうです」「ご予約いただいていてよかったです」「おめでとうございます」とね、そんなことを言っていまして、読んだ人間にはこの表紙のカラーリングの意味がわかるからな、だからこそ文庫落ち決定の時点で予約したの。
しかもこの本、帯まで金色じゃねえかと思ったら、見ろこれを。

背表紙も金色なんだよ!
「すげえ」
「どうでもよさそうなところまでこだわってる」
「匠の狂気じゃねえか」
「姐さん、カバーかけなくていいのか」
え、カバー? かけるよ。透明なやつを。せっかくこの色になってるのに、本屋でかける紙のカバーとかかけてたら意味ないだろう。
あ、いかん仮で、ほぼ日手帳の透明カバーかけてみたがでかいな。文庫サイズのを探すとしよう。この本だけは帯ごときれいに残したい。ここまで徹底して、背表紙も帯も込みでデザインしてくれたものを汚すのやだ。
いいものが見つかるまではほぼ日のカバーで保護しておくとして、土曜に美容院の予約入れないと。明日入れておかないと。そして美容院行って、帰りにでもカバー探しに行く。
あ、ググったらコンサイスで文庫サイズの透明カバー出してる! 来月ポチるぞ。
ほほう。3枚セットか。それなら、読みすぎて表紙の袖がちぎれてテープで補修してる、宇月原晴明の「聚楽」も保護できる。が、安能務版「封神演義」は枚数足りないな。まず1回買ってみてよかったらもう1セット買って、そこでだな。
あ。残った1枚どうしようと思ってたけど、まだあったわ。新訳版「ロリータ」。別にいつの翻訳でもいいじゃねえかと思っていたのが、これを読んだら本当に言葉はナマモノなのだと思い知らされました。あまりに古すぎると、読んでいてもピンと来ないんですよ。でも名作だしっていうんでなんとなく、そんなもんかと思ってしまうものの、どこかで馴染めないので「文学の名作はつまらない」と思い込んでしまう。時代超えた名翻訳なんてのは、奇跡的に生まれるものだからね。ウィリアム・ギヴスン作品に対する黒丸尚翻訳みたいな、この組み合わせ以外あり得ないというコンビは、奇跡でしか生まれないからな。だから時代ごとに新たな版で翻訳出さにゃいかんのですよ。で、じゃあこの新訳「ロリータ」どうなん、となるでしょう。いいですよ。最高。新たに翻訳された若島正先生の、どうかしている匠の狂気(至高の賛辞)が炸裂。「ロリータ」執筆時にナボコフ自身がやっていた「交通機関の中で、ローティーンの女の子の会話で使われる言葉遣いをひたすら聴いて研究」を実行されているので、新訳のロリータはギャル語使います。読んでいて実際カワイイなので、いいおっさんが人生狂わされることに対する説得力が出てます。
話がそれた。
今日はまあ、ご覧の通り「百年の孤独」を手に入れましたが、まずは透明のカバーだ。
100均では買わない。しっかりしたものが欲しい。
とりあえずカバー買うまではほぼ日の透明カバーで誤魔化そう。
明日の支度は大体できてるので、今日はもうとっとと寝るかな。
ほどほどの時間まで打鍵しつつ古畑の真田広之ゲスト回でも観ます。