ごきげんいかがでしょうか。今日もこの犬臭いブログの更新がやってきました。
これを打鍵している現在、まだ一滴も呑んでません。書くだけ書いてから呑みます。
前回はあからさまに納得いってない勇利で終わりましたが、その続きからいきましょう。
勇利の複雑な心境など露知らず、あの、じっと勇利ばかりを見ていたおとこの子は大興奮しています。
「清潔感あふれる勇利くんの魅力が最高のかたちで裏切られる、高尚なエロスの導入! 」
コーチの言葉なんか聞いちゃいなくて、もう感涙にむせんでいます。どうも勇利の大ファンのようですね。
「勇利くんにオイの滑り、見せつけてやるんば! 」
すっかりやる気に火がついています。
が。
ちょうど勇利が囲み取材を受けているところに、すっかりしょげた様子で戻ってきます。
「せっかくトリプルアクセルうまくいったのにー」
でも落ち込んだところに、たまたま勇利をみつけたものだから、一瞬で元気になって近づきます。何だか仔犬みたいですね。
「オイのローエングリン、見てくれましたか? 」
目ぇキラキラさせて訊くんだけど、勇利はとにかく、自分に向けられた好意には鈍感なもんだから、ごめん、とあっさり答えます。まあ、取材受けてれば仕方ないとはいえ、もう少し言いようがあるだろう勇利…。
案の定、見るからにがっくりきたおとこの子はジャージのファスナーを下ろして自分のきている衣装を見せると、
「勇利くんの名プロ…ローエングリンの衣装も、リスペクトで真似しとったのに…」
大ファンどころか、押しも押されもせぬ勇利ガチ勢! 自分もフィギュアスケートしていれば、そういう深い追いかけ方ができますよね確かに!
でもそれを見て急に赤面した勇利は思わず、僕の黒歴史衣装! と叫んでしまいました。何があった。
ところが、おとこの子もひるみません。キッと顔を上げてひと言、勇利くんに黒歴史なんかいっこもなかです!! と返しました。
「ずっと憧れて追いかけてきたオイのことば、馬鹿にせんでください! 」
この言葉を聞いた瞬間、当然勇利にひっついて囲み取材に立ち会う、というより自主的に勇利に代わって受け答えしていたヴィクトル=サンが、あっ、と何やら思うところのありそうな表情になります。
「明日のフリー、オイは全力で滑り切ります。勇利くんも全力で勝負してください! 」
突然の宣戦布告におおっとどよめく報道陣。当の勇利は事態についていけずポカンとしていますが、インタビューに来ていた諸岡アナの口から「南選手」という名前が出た瞬間、はっと思い当たりました。
思い出すのは去年の全日本。ボロボロの成績だった自分と、
「自爆した僕より総合得点ずっと上回ってた、南くんだ!……やばい…」
しかし、顔を見ても名前を聞くまで思い出せなかった辺り、ホントにひどいよ勇利。
まあ、気持ちの上では独りきりで滑っていたところが如実にあらわれていますね。
いきなり滝の汗ですが、歳下に呑まれてどうするの。
場面変わって、翌日のフリー滑走日です。
前夜にヴィクトル=サンと相談して、4回転は1本だけと決めたものの、勇利は明らかに納得いっていません。出場している他の選手たちは、4回転に挑戦するんだと言っては互いに気合を入れています。南くんは練習でも飛べたことはないけれど、もう挑戦せずにはいられない様子です。憧れの勇利の前で滑るだけあって、モチベーションがすごいですね。他の選手たちも引きずられてやる気に火がついています。
それをよそ目に、勇利は自分のことで頭がいっぱいです。南くんにガッツポーズでエールを送られても、答える程の余裕すらありません。ああ、スルーされて南くん、すっかりしょげています。
自分のことだけに集中しなくちゃ、と必死な勇利ですが、そんな彼と南くんの様子を見ていたヴィクトル=サン、何か言いたげな顔です。
練習から戻った勇利に、グッサリときついひと言を放ちました。
「他人のモチベーションを上げられない人間が、自分のモチベーションを上げられるのかい? …勇利にはがっかりしたよ」
これは、常に大勢の人に憧れられているスケーターだからこその、重みのある言葉ですね。ヴィクトル=サン自身の体験から得た結論でしょう。同時に、勇利が憧れて自分を追いかけていたのと同じように、勇利に憧れて追いかけるスケーターがあらわれたことで、そう萎縮せずに堂々としていなさい、と発破をかけたのではないでしょうか。
「ヴィクトルが下げた僕のモチベーションはどうなっちゃうんだよー! 」
勇利はショックで震えてますが、大丈夫か?
すっかりしょげ切ったままで南くんの滑走が始まります。明らかにガッチガチに緊張していて、コーチに叱咤されていますが、勇利のしょっぱさ128%な対応がよほど応えたようですね。
一方、勇利はリンクサイドでぼんやりと南くんを見ながら、昨日の宣戦布告を思い出していました。
そのまま一度去りかけて…、
「南くんっ、がんばー!!! 」
ばっ! と振り向くと、あらん限りの大きな声で声援!
南くん、瞬時に回復! 憧れの人から名指しで応援されたら、そりゃあ舞い上がるよねえ。
その様子を見て、うんうん、とヴィクトル=サンは満足げです。
思うに、自分と同じ「憧れを持って追われるもの」という立場に立たされた勇利がどうするのか、それが気になっていたのでしょうね。
すっかり元気を取り戻した南くんは快調な演技を見せてくれます。
勇利もリンクサイドから見て、トリプルアクセルを飛んだところで思わず「あ、次いける」と漏らすほど引き込まれています。
「いくばい、4回転トウループ!」
ダメでもともと、とばかりに挑戦…成功! 気持ちが乗っているからこそですが、憧れの選手に応援されたってのは、凄いちからを与えるんだね。このまま行くのかな? と思いきや、次のジャンプは失敗…。
南くんの調子にムラが出てしまうスケーティングを見て、ああ、と勇利はため息をつきます。昔の僕を思い出すなあ、と。
「南くんから目が離せない。フィギュアスケートに必要な才能を、もう持っている」
そのまま黙ってそっと立ち去ると、勇利はアップに入ります。まっすぐに自分を見ている南くんに、今度は全力で応えなくては。
「この歓声だけでわかるよ。劇場の主役は君だってこと」
天性の無邪気な明るさで観客を沸かせた南くんは、パーソナルベストを更新しました。
この、南くんの宣戦布告によって勇利はおそらく初めて、自分の存在が他者にとってどんな意味を持つのかを自覚したのだと思います。ここで初めて、他者の存在を意識したのでしょう。これで勇利の世界は大きく広がり、より深くなったのです。南くんに声援を送ったあの瞬間、勇利は自分が孤独ではないことを感じたと思います。孤独の中にある者には、声援を送る相手なんていませんから。
と、ここまでやってきて、もう3000字近い文字数になってますが、まだ勇利はフリー滑ってないね…。
あまり長々とやっていても、お読みになる方も書いてる私も疲れるばかりなので、今回はここまで。続きは次回に持ち越し。
さて、岩下の新生姜フィーチャリングハムで一杯やるか。