何ーだか話数を追うごとに文字数が倍々ゲームで増えているような気がしますが、今日はどこまでいけるんでしょう。
さて、前回はショートプログラム滑走直前までいったところで一旦やめましたが、今日はその続きからいきます。
いよいよ滑走です。
リンクサイドでは、相変わらずのほほん系全開なヴィクトル=サン。
「演技前にコーチが送り出すときのやつ、どーしよっか? 俺が考えてるのはねえ、」
マイペースもいいところですね。一方で勇利はピリピリしています。そりゃあ、コーチがあれだけの大口叩いちゃったらねえ。
ろくに聞いてない状態で6分間練習へ。
「僕が目指してるのはグランプリファイナル! ここで緊張してる場合じゃない! 」
と自分に言い聞かせている、ということは、緊張してるね勇利。ほら、客席で見てるミナコ先生にもバレてるよ。
リンクサイドに戻ると、ヴィクトル=サンがむくれてます。勇利には何でヴィクトル=サンがこんなに急にピリピリし出したのか、さっぱり解らないようです。するといきなり、
「勇利後ろ向いて」
「え? 」
「いいから後ろ! 」
いきなり指示されます。
「え? えっと、こう? 」
よく解らないまま、勇利が言われた通りに背中を向けると。
これ! 背中からいきなり抱きしめ!
報道陣激写! そりゃあ撮るよねえ。私もこんなん目撃したら撮影しますよ。
そのままの姿勢で、ヴィクトル=サンは教え子に囁きます。
「全力で俺を誘惑しろ」
このひと言が、見事に勇利へ魔法の如く働きかけます。
「 俺を魅了する演技ができれば、ここにいる全員が勇利に夢中になる。…いつも練習で言ってるだろう? 」
そして。
ひたすら驚いていた勇利の表情が、この言葉で変わりました。
どんな演技を見せれば、ヴィクトルを魅了することができるんだろう?
もうそれだけを考え始めています。
この瞬間、これが第五滑走でひとつ目の転換点だと思うんですよ。
これまでは「ヴィクトルだったらどう演技するのか」と、後を追いかけるようなスケートだったであろうことが容易に察せられる勇利の滑りが、このヴィクトル=サンの言葉で「ヴィクトルを魅了するためのもの」、つまり、ヴィクトル=サンへ捧げるためのものに変化したのだと思います。なればこその今回のサブタイトルです。
自問する、自分の裡を降りてゆくような演技から、誰かに呼びかけるような演技へ。
ここで勇利は初めて、演技する上で他者を強く意識したのではないでしょうか。
リンクの上、いよいよ演技が始まります。
「思い出すんだ。いつもの練習通りに! うつくしいカツ丼に、僕はなる! 」
もう勇利の頭の中は、どうヴィクトル=サンを魅了するかで占められています。一方的に追いかけるのではなく、視線を奪うためのスケート。
挑発的な笑みのその視線は、だからヴィクトル=サンに向けられていました。
その笑みを正面から受けて、行けるよ、と会心の表情のヴィクトル=サン。ホントにこの人、勇利しか眼中にないんですね。
リンクの上では勇利も、ミスをおそれるよりも違うことで頭がいっぱいなので、観客の反応が薄いのにちょっと不満げです。
「…いや、ヴィクトルなら気に入ってくれるステップのはず! 」
練習中のヴィクトル=サンの言葉。
「勇利、もっと俺を誘うように踊ってみせて」
そのひと言が脳裏をよぎり、
「…そうだ、あたしはおとこを虜にする魔性のカツ丼」
観客そっちのけで、ヴィクトル=サンの反応を気にしているところから、もう勇利の演技はすべて、ヴィクトル=サンへ捧げるものになっています。
そして演技はステップの挑発からスピン、ジャンプのラッシュへ!
「よし! この勢いのまま、4回転サルコウ! …回りきってる!」
手をついたものの、何とか回転はし切れました。でもこの辺りから、だんだんジャンプに気を取られてきてませんか?
そんな勇利を見守りながら、ヴィクトル=サンはうなずきます。
「俺が勇利に惹かれたのは、体から音楽を奏でるかのようなスケーティングそのもの。…勇利いいね、パーフェクトだ」
いよいよ演技も終盤、最後のジャンプは一番得点が高いコンビネーション。温泉on ICEで西郡が「よりによって最後に大技持ってきた」と呆れていたジャンプ。
「クワド!からのトリプ…ダブルになった! 」
疲労も出て集中力も限界を迎える最後にコンビネーションです。失敗も無理はないでしょう。ヴィクトル=サンの構成がいかにハイレベルなのかが判ります。また、必死でしがみついているとはいえ、このジャンプ構成にここまでついていけているんだから、勇利自身の才能も並々ならぬものであることも充分察することができます。
「恋に狂ったおとことおんなの結末へ! えーと、何だっけ? …そうだっ、手に入れたおとこをポイッと捨ててっ、次のおとこへ! 」
フィニッシュ!
めっっっっちゃくちゃどうでもいいこと言いますが、この勇利の、えーと何だっけ? が一瞬チラッと素の顔がうかがえてかわいいなあと思うのですが。どうですか。
演技終了、と同時に、どこかから聞こえる声。
「勇利くんかっこよかー! 最高ばい!! 」
「誰? 」
手放しで絶賛してくれているけど、ヴィクトル=サンの声じゃない。誰?
何とか終わって、大丈夫だったかな、とヴィクトル=さんの方へ振り返ると、そこには。
曖昧な微笑みでぱっふぱっふと気の無い拍手のイケメンコーチ。
「ふーん…」
ぱっふぱっふ。そしてワンブレスでダメ出しが入ります。
「前半はすごく良かったよっけど後半ジャンプに気持ちが行き過ぎて演技がおろそかになってたよねえ」
「はイ」
「あーゆーの好きじゃないなー俺ー」
「はイ」
またです。また1褒めて10ダメ出しする、富野監督式お説教です。勇利、全部お見通しだったね。
客席でキスクラお説教大会が始まったのを見て、お客さんをあそこまで熱狂させてたのに何で? とミナコ先生は不思議がりますが、たぶん、ヴィクトル=サンはゴールを高いところに設定していて、しかも勇利はちゃんとそこにたどり着ける子だと信じているのでしょう。なればこその要求の高さなのではないでしょうか。
ひょっとすると、という感じで、パーソナルベストが出るんじゃないかと西郡が呟きます。
その読みは正しく、審査の結果、地方ブロック大会ゆえに非公式ながら、世界歴代トップ10に入る高得点、もちろんパーソナルベストを大きく更新する得点を叩き出しました! やったね勇利!
周囲は祝福ムード、勇利はちょっと照れてますが、ヴィクトル=サンはといえば、勇利はそのぐらいできる子なんだから相応の点数が出ただけだよ、と言いたげで、もしかしたら、もっとやれる子なのにー。なんて考えているのかもしれません。教え子大好きだから…。もう次の滑走、その更に先を考えているのかもしれません。
「プレッシャーないなら100点台くらいいくかと思った」
「ソウダネー。ヴィクトルは世界歴代で100点台何回も更新してるもんねー」
ヴィクトル=サンに遠い目で答える勇利。できる子だと期待してくれるのは嬉しいけど、憧れの人にこんなに疑いのない期待を抱かれるのって、かなりのプレッシャーですよね。
そこでヴィクトル=サン、そうだ、と提案します。
「明日のフリーなんだけど、ジャンプの難易度下げて、演技に集中すること」
「へ? 」
「練習でも通しで成功したことないよね? 」
ショートプログラムの後半、ジャンプに頭が行ってたのが気になったようですね。でも、と反論する勇利にヴィクトル=サンは、
「シーズン序盤で難易度下げるのは悪いことじゃないだろ? 勇利はグランプリファイナルに合わせて調整するのが第一だよ。…コーチの言うこと、きけないの? 」
確かにね。確かに正論ですハイ!
でもヴィクトル=サン見て! 勇利のこの顔、コレ明らかに納得してないからね! 隠し持ってる負けず嫌いに火がついちゃいました。どんな「隠し剣・鬼の爪」なんですか! もう、どこにやる気スイッチが潜んでいるの勇利は!
というところで、文字数と時間がどえらいことになっているので、もうここで今回は一旦切り上げます。
また明日をお楽しみに。
この師弟、お互いのことホント好きなー!