前回はユリオが基礎練習に開眼してバレエコーチがついたところまで進みましたよね。
今回はその続きからいきますよ。
お話ははせつに戻ります。
ユリオとのLINE文通でバレエコーチが付いて、一日中厳しく指導されていると近況報告があったと話す優子ちゃんも、勇利のフリー曲がまだ決まらないことを心配しています。
ヴィクトル=サンにコレはと思う曲を聴かせたものの、
「あーそー、こーゆーのなんだー。他にも候補考えてみて?」
微笑みとともにダメ出しをされ、
「反応薄くてね」
勇利も表情が冴えません。
曲も振り付けもコーチの提案。勇利はこれまでずっとそうするのが当たり前になっていましたが、
「でも、ヴィクトルは違った」
自身でテーマを決めて、それを基にプログラムのための音楽を作り、自分で振り付けをして、独自の物語を生み出す。
「僕も、いつかそんな風にできたら、なんて憧れてはいたけど…」
これまで何をおいてもと我を通すほどの根拠を持てずにいたので、周囲から「あなたはこうだから」と言われたとおりにやってきたのでしょう。
優等生ではあるけど、はめられた枷を壊すような覇気、それを生み出す基になる核が見いだせずにいたんですね。
考えるほど解らなくなって、気分転換に大の親友に電話。
親友のピチット君は、「勇利がいなくなってつまらない」と、ホームリンクをデトロイトから故郷のタイに移していました。
「ねえピチット君。あれ憶えてる?作ってもらったデモ曲」
勇利が訊ねると、さすがは親友。ちゃんと憶えていました。どうやら共通の知人に頼んだものだったようですが、
「結局お蔵入りになっちゃって、」
曲を作ったおんなのこは、せっかくだから持っていて、と答えますが、むしろ勇利のほうが気に病んでいたようです。せっかく作ってくれたのに、厚意をお蔵入りにしてしまった、と思っていたのでしょう。気が優しいだけに、人の厚意を無下にしてしまうのが申し訳なく感じられるのですね。そのせいか、当のおんなのことは気まずくなってしまったようです。
その辺りの事情を察したピチット君は、なあんだ、と笑って仲介役を買って出てくれました。いい子だ…。天使だ…。たぶん、デトロイトにいた頃も、こんな風に持ち前の人懐っこさと無邪気さでもって、勇利のフォローをしていたのでしょう。勇利はずっと、ピチット君の天性の明るさに救われていたのでは。
ヴィクトル=サンには他の曲も、と言われていたものの、勇利はどうしても、お蔵入りになったこのデモ曲が気になっていました。ちょっと弱くて決め手には欠けるかもしれないけれど、
「曲のイメージで注文したのは『僕のスケート人生をそのまま音楽で表現したい』だったから」
自分の、どこか勝負弱いところを見事に表現された曲なだけに、それが引っかかっていたのです。それなら、勝負弱くて決め手に欠けるこの曲を使うのなら。
「…どう変えればよかったんだろう?」
このデモ曲にこだわるところで、勇利の変化の予感がさり気なく、また決定的に描かれています。
これまでの勇利なら、チェレスティーノに曲を持っていったときのように、コーチが首を傾げたら自分の案を引っ込めてしまっていたでしょうが、ヴィクトル=サンからダメ出しをされてもなお考えている、というところ。ここで「ヴィクトルなら僕の直感を信じてくれる」「この人が信じてくれる自分」なら信じられる、と確信を持つ根拠になったのでしょう。
ずっと孤独に生きていくことを引き受けていた勇利です。孤独ということは、拒否するにしても愛するにしても、比較する他者がいないということです。そんなところに、抵抗も肯定も生まれようはなくて、だから勇利は何につけ言われたとおりにやってきてしまった。でも、そこにあらわれたヴィクトル=サンは、フリー曲を勇利に決めさせることで、こう伝えてきたのです。
勇利のオリジナルを見たい。
君だけの物語を見せてほしい。
君のことをもっと知りたい。
なんて罪作りな…。
でも、10年来憧れてきた人に、そこまで可能性を感じられて伸びしろがあるって言われたら、予想の斜め上を行こうと頑張りますよね。まだまだ。こんなこともできるよ。って、ドヤ顔で見せて驚かせたい。
ロシアではユリオが、基礎の基礎からバレエレッスンを受けています。
「もっと自分を捨てなさい!」
「過去の自分は死にました!」
思春期真っ只中の自意識は邪魔にしかならない、とばかりに、勝ちに行くレッスンで基本を叩き込まれています。
おはようからおやすみまでコーチと一緒、は勇利もユリオも同じですが、ユリオはときに過剰なまでの自信を抑えて己の真の力量を知るためであろうと思われますけど、勇利はむしろ、コーチが張り付いて褒めて褒めて自信をつけさせるのが目的なのではないかと。というより、ヴィクトル=サン自身がまず勇利のファンだから、ちょっとは離れろよと言われてもへばりついてるよね。
しかし、そんな勇利大好きのヴィクトル=サンは、天才ゆえに、万事に自信を持てない勇利の心を読みきれません。なかなか曲を決められない教え子に、自分の判断を信じるときの基準として、
「たとえば、思い出してみるんだ。恋人に愛されたこと」
いやあなたそれアドバイスにならない。世界一もてるおとこが言うとイヤミにしかならないから。
「あぁ?」
ほらごらんなさい!勇利のこれまでの生活は、スケートとヴィクトル=サンだけで構成されていても不思議じゃないレベルなんだから。
無意識にキレた勇利ですが、憧れのヴィクトル=サン相手にキレてしまったショックですぐに我に返って必死に謝るものの、ヴィクトル=サンはどうも勇利には恋人がいなかったであろうことを見て取って、悪いこと言っちゃったかなという雰囲気。練習後、外出に誘ったり、お風呂に誘ったり、一緒に寝ようと誘ったり、と涙ぐましい努力ですが、勇利は目も合わせずに全部スルー。
勇利にしてみれば「恋人の一人もいないような、なんの魅力もないスケーターだとがっかりされたのではないか」と不安でいっぱいなんですね。その程度の魅力もない人間に教えたところで、ものにはなるまいと失望されてしまったらどうしよう、と。だから、ヴィクトル=サンは必死のごみんねモード全開でフォローに努めているけれど「もう僕なんてその程度なので傷口広げないでください」とばかりに塩な反応になってます。
翌朝の練習も気まずくて出られずに寝ているものの、基本が気にしいなので罪悪感にのたうってます。そこへアイスキャッスルから帰ったヴィクトル=サンが。
「おはよう勇利。海にでも行こうか?」
怒るどころか笑顔。でも後ろめたくて、ハイとしか答えられません。
ホントもうヴィクトル=サン、勇利のやることなら許しちゃうんだな…。
二人とマッカチンが並んで海を見ながら話す、このシーンが第四滑走のコアですね。ここで、ヴィクトル=サンと勇利の関係が、少しづつ動き始めます。
全12話の中でも、重要な位置を占める印象深いシーンだと思います。
海鳥を見て、ヴィクトル=サンは啼き声を聞くと故郷を思い出す、と言います。こんな風に異国で暮らすとは思ってもみなかったので、サンクトペテルブルクにいた頃は気にもとめていなかった、と。
「勇利は、そんなことない?」
膝を抱えて、ユウリは訥々と思い出を語ります。
デトロイトにいた頃、ぐいぐいとコミュニケーションを取ろうとするおんなのこがいたこと。ある日、リンクメイトの一人が事故にあったこと。勇利はとっても不安で、
「病院の待合室でその子と待ってたとき、慰めるように抱きしめてくれたその子を、無意識に突き飛ばしちゃったんです」
「ワオ。何故?」
「動揺してるって思われたくなくて。心の中まで踏み込まれたみたいで、とても厭だった」
弱いからこそ、独りでも立てる強さを手に入れたいのに。「あなたは弱いから」と決めつけていたわられるのは「強くなんてなれない」と言われているようで、勇利にはなにより傷つくことだったのでしょう。
「そのとき気がついたんだ。ミナコ先生も西郡も、優子ちゃんもうちの家族も、弱い僕を弱い人間として扱ってなかった。ちゃんと成長できるって信じてくれて、心の中に踏み込まないでくれたんだなって」
その勇利の言葉に、ヴィクトル=サンは、当たり前だろうというような、確信に満ちているゆえにあっさりとした口調で答えます。
「勇利は弱くないよ」
この一言を、ここまで確信を持って、当たり前だと言わんばかりに自然に口に出せる。これだけで、もう勇利にとっては自分に自信を持つに足る根拠となる言葉ですよ。
さらにヴィクトル=サンは勇利に、自分にどんな立場でいてほしいかと訊ねます。父親。兄。友人。うーん、と考える勇利に、
「じゃあ恋人か。…頑張ってみるか」
勇利が一番心地よいと感じる距離でアプローチすることで、才能を伸ばしたいという、ヴィクトル=サンの本気さ加減がうかがえるやり取りです。
勇利の答えは、そのどれでもありませんでした。
「ヴィクトルには、ヴィクトルでいてほしい」
役割意識にとらわれず、ヴィクトル=サンが信じるままにコーチをしてほしいと思っているのでしょう。憧れの人を役割で縛るなんてできない。
「僕のいやなところを見せたくなくて、あんな、無視したりして。…全部、スケートで返すから!」
勇利はホントに賢い子です。憧れの人を人が相手ですから、そりゃあ自分をよく見せたくもなりますが、一緒に勝ちに行こうとしているパートナーである以上、見栄なんか張っていてはどうにもならない。そこに気づいて、一緒に勝つことに専念しようと決めた。
「オーケイ。手加減はしないよ。それが俺の愛だからね」
ヴィクトル=サンも、勇利のそんな覚悟を察して答えます。手加減はしない、つまり、勇利はそれでもちゃんとついてこられて、結果を出せる強い子だと、自分も信じていると示したのです。
見栄を張ったり距離を測って逃げ腰にならなくても、ちゃんとそれとなくそばにいてくれる、とヴィクトル=サンを信じられるようになった勇利。いよいよ、少しずつ変わり始めます。
「踏み込んだ分だけ、踏み込んでくれる。踏み込むのを怖がってちゃダメだ!」
まだささやかなものではあっても、勇気を持てるようになりました。
今はまだ、どうにか湧き出したばかりの感情でも、それを大切にしてくれる人がいて、その人のためにもこれを守ろうと思える覚悟がある。
ここで初めて、勇利はもう自分が独りではないことを知ったのでしょう。まさに「触れる私と触れられるあなた」を地で行く二人になったのですよ。(ミナコ先生ばりの滝の如き涙)
ここで今日は終わり。残りはまた明日に持ち越し。
ホント、なんて濃密な物語だ…。