さあ休みまであと一日。パーマ屋の予約入れたぜブハハハハ。
まあね、たぶんまた薬研藤四郎みたいな頭にするんですけどね。いや、あの髪型楽なんですわ。
楽なのが一番だよ。こんなところでがんばりたくない。がんばるのは仕事か推しの応援ぐらいでいい。
当然アレですよ。同じ薬研でも、活撃じゃなくて花丸の方なんですけどね。
なんかなあ、花丸の薬研見てると、変な親近感があってなあ。どうなんだろうなあ。
で、全く関係のない話をいきなり始めますがね。
改めて「有頂天家族2」観ているんですが、弁天さんと二代目があそこまで相入れないというのが、言ってみれば「何者にもなりたくないおとこ」と「何者にもなりきれないおんな」という、似ているが故に正反対な男女の近親者憎悪なのかな、と。
生まれ持ったちからのせいで人間にはなれない、でも天狗には死んでもなりたくないけれど何にならなりたいのか、何にならなれるのかは解らない二代目。
なまじ天狗に見初められたばかりに、今更人間には戻れない、かといって天狗にもなりきれない、自分で選んだ道ではないので、才能があると言われてもハイそうですかと乗っかるのは釈然としない弁天さん。
何者でもなく、かといって何になりたいのかすら判然としないふたり。みごとに真逆で、だからこそそっくりなふたり。
そんな相手が目の前にあらわれたら、お前は所詮こんなどうしようもない者なのだ、と言われているようで腹が立つ。だからこそ、一目会った瞬間に不倶戴天の天敵となってしまったのでしょう。相争うのは宿命だったということです。
しかも、弁天さんが二代目の出奔の理由ともなったご令嬢に生き写し、というのも問題に拍車をかけてますね。
かつて手に入れられずに捨てるしかなかった夢が追いかけてきた。
そっくりだというだけで、縁もゆかりもない女性の面影を重ねられる。
どっちにしたって、つらいばかりでしょう。捨てざるを得なかったものの名残を振り払おうと冷徹になった二代目も、自分自身が求められたわけではなかった空虚を埋め合わせる如く奔放に遊び歩く弁天さんも、そうなるべくしてなったのでしょう。
否定の対象として、あるいは導き手として、ふたりの在りようを大きく規定しているのは赤玉先生ですが、第3部でこの関係がどう変わるのかが、めっさ気になっております。
観念して海星との婚約を呑んだ矢三郎とは、関わり方がどう変わっていくのか。
もう原作を全裸で正座待機ですわ。
矢二郎にも恋の予感があったし、そうなると矢四郎ちゃんにもなんかそういう、小さな恋のメロディ的な展開はあるのかしら。どうなの。