雑種犬肉球日記

雑種犬が書いたブログ。

とにかく一度読んでみてくれ怖くないから

ものすごく有名だけど、タイトルだけが一人歩きして、実際に読んだことのある人が驚くほど少ない本ってたまにありますよね。

日本本格探偵小説三大奇書黒死館殺人事件」「ドグラ・マグラ」「虚無への供物」とか。よほどゴリゴリのミステリ者でもないと、おいそれとは手が出ないと思われますが、たいしたことのない下手の横好きミステリ者な私の蔵書に三冊とも揃っているのはたまたまです。

で。

この小説なんて、タイトルだけが一人歩きの最たるものだと思うんですよ。

「ロリータ」。

世間のイメージだと、おっさんが年端もゆかぬ愛らしい少女によからぬ狼藉を働くR18指定な猥褻図書、というところでしょうか。

まるで違うからね。

実際は「情けないおっさんが年端もゆかぬ小悪魔美少女に入れあげて手玉に取られて、犯罪まで犯して情けない言い訳を情けない態様で述べる」って小説だからね。で、身もふたもない表現するとこうなっちゃうにも関わらず、書いてるのが真物の天才ナボコフだから、途方もなく面白い超一流の小説になってるの。その存在の仕方が一つの奇蹟なのな。

ああ、翻訳は新潮社から文庫で、若島正先生の新訳版が出ていますので是非そちらでお読みください。旧訳版よりも、こちらの方がロリータのおしゃべりの様子が生き生きしています。めっさカワイイです。過去に2度映画化されていますが、映画ならばキューブリックの旧版がよろしい。モノクロ時代のオールドムービーですが、オープニングで見事にロリータとおっさんの関係を端的に描いています。観るべし。キューブリック版は小説の前半部分で終わっていますが、後半でどんどんおっさんの思うようには物事が運ばなくなって深みにはまる感が、ホントもううまい。そして終盤、ロリータとの別れ方が、全くドラマチックじゃなくて、ああ実際こんなもんだよね、という不思議な生々しさが感じられて、このアッサリの味を噛み締めるためにも、頭からちゃんと物語を丹念に追って読んでみてほしいです。

物語のテーマのスキャンダラスさから、夏コミ冬コミ3日目の薄い本を想像されるかと思いますが、その手の描写はほとんどないです。「知識人気取りのおっさんの情けない懺悔録」というテイで本文が綴られているので、おっさんのキャラクターからいって、露骨な表現は下品でできないわけです。薄い本やフランス書院の黒背表紙ばりのヌッチョンボロリンな濡れ場はちょっと、という方にも抵抗なく読んでいただけるかと。ただしおっさんの人間性はいただけないと思うのは無理もないと私も同意します。

とにかく、おっさんの言動がいちいち情けなかったりおかしかったりでゲラゲラ笑いながらも、本当に何が何でも手に入れたいものができると、人間誰でも皆、こういう情けなさ発揮するよなあ、と思わされたり、女性が読めば、ロリータの側の気持ちも何となく察せられたりして、一冊で色々な読み解き方ができる、何度でも読み込める小説です。

食わず嫌いせず、一度読んでみてください。小説として途方も無い傑作ですから。うっかり「ロリータ」読んだらナボコフ沼にはまって、短編集だの池澤夏樹編集の文学全集だのまで漁るようになった私が言うのです。間違いないから。

そして、この沼にはまる人が、一人でも多くなるといいなあ。